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大阪高等裁判所 平成11年(ネ)3563号 判決

控訴人(一審原告)

右訴訟代理人弁護士

大河原弘

被控訴人(一審被告)

右訴訟代理人弁護士

関谷巖

宗像雄

主文

一  本件控訴を棄却する。

二  当審において追加された控訴人の請求を棄却する。

三  控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、

(一) その発行する短歌誌の題号として原判決別紙目録(一)の新青虹

(二) 右発行する短歌誌の発行所に原判決別紙目録(二)の青虹社の各名称を使用してはならない。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(当審において追加された請求の趣旨は、2(一)と同旨である。)

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  当審において追加された控訴人の請求について

(主位的)

右請求を却下する。

(予備的)

右請求を棄却する。

3  控訴費用は、控訴人の負担とする。

(以下、控訴人を「原告」、被控訴人を「被告」という。また、略称については原判決のそれによる。)

第二事案の概要

一  本件は、被告の発行する短歌誌の題号及び発行所名の使用が、原告と被告との間の訴訟上の和解によって定められた短歌誌の題号及び発行所の名称の使用に関する合意に反するとして、原告が、被告に対し、それらの名称の使用差止を求めた事案である。

原審は、原告の請求をいずれも棄却したが、原告が控訴した上、当審において、新たに、商標権に基づき短歌誌の題号の名称の使用差止請求を追加提起した。

二  基礎となる事実

本件の基礎となる事実は、次のとおりであり、証拠を挙示しない事実は当事者間に争いがない。

1  歌人のCは、青虹社を主宰し、「青虹」の名称で同人誌を発行していたが、昭和五五年一〇月一九日に死亡した(甲一〇)。

2  訴外Dは、昭和五六年六月一一日、原判決別紙目録(三)記載の標章(本件登録商標)について、指定商品を第二六類「雑誌、新聞」とする商標登録を出願し、昭和六二年一一月二〇日右登録がなされたが(登録番号第一九九七一二三号)、原告は、Dの相続人から右出願者の地位を承継し、右登録商標につき商標権(本件商標権)を有している。

3  Cの主宰する青虹社の同人であった被告は、自らが発行人となって、「青虹」の名称で短歌誌を発行していたが、同じく青虹社の同人であり、同じく「青虹」の名称で、被告とは別の短歌誌を発行していた原告が、被告に対し、前記商標権の侵害を理由に、「青虹」の使用の差止を求めて提訴した(横浜地方裁判所昭和六三年(ワ)第二七七〇号)。平成八年一一月二八日、原告の請求を認める判決が言い渡され、これに対して被告が控訴し(東京高等裁判所平成八年(ネ)第五六八〇号)、平成一〇年三月二四日、控訴審において、訴訟上の和解が成立した(本件和解)。

本件和解には、次の条項が含まれている。

(一) 本件和解条項(一)

被告は、原告が、本件登録商標について、本件商標権を有することを確認する。

(二) 本件和解条項(二)

被告は、平成一一年一月一日以後、その発行する短歌誌の題号を「新青虹」とし、右題号として「青虹」を使用しない。

ただし、被告は、新青虹の字体及び書体について、本件登録商標と類似しないものを使用する。

(三) 本件和解条項(三)

被告は、現在使用する短歌誌の発行所「青虹社」との名称について、原告の名称と誤認混同しないよう努力する。

4  被告は、平成一一年になって、「新青虹」と題する短歌誌(本件短歌誌)を一月号から発行しているが、五月号までは、その表紙に右題号のほか、「(青虹改題)」と表示し、さらに「C創刊」、「第七十三巻」、「昭和五十七年一月二十九日第三種郵便物認可」の各表示(本件表示)がなされている。

本件短歌誌の題号「新青虹」の書体については、四月号までは、行書体で記載された縦書きのものであったが、五月号は、原判決別紙目録(一)のとおり、角張った太い線による装飾的な書体となった(甲三の1 以下、五月号の題号「新青虹」を「本件題号」という。)。

なお、被告は、本件短歌誌一月号の編集後記(本件編集後記)に、「誌名をやむなく新青虹と改題しましたのはこの世の法の不条理にいやいやしたがった丈のことで、もともとの青虹短歌精神の本筋はちっとも穢されてをりません。」と記載している。

5  被告は、本件短歌誌(平成一一年一月号ないし五月号)の発行所として「青虹社」と表示しているが、原告の表示している「青虹社」と同様にゴシック体を用い、形状もほぼ同一である。また、被告は、短歌研究(平成一〇年一二月号)に掲載した新青虹の広告にも、発行所を「青虹社」とし、その肩書に「C創刊」と記載している。

三  当事者の主張

1  当事者の主張は、次に付加するほか、原判決「事実及び理由」中「第二事案の概要」の三(原判決五頁九行目から九頁一〇行目まで)に記載されたとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決六頁六行目の「でなく、」の次に「『新青虹』自体は、」を加える。)。

2  当審における追加請求の原因(原告)

原告は、次のとおり「新青虹」について商標登録をなし、商標権者となった(以下、右の商標権を「新商標権」といい、同商標権にかかる商標を「新登録商標」という。)。

(一) 登録番号 四三二一五三六号

(二) 商標 新青虹

(三) 指定商品又は指定役務並びに商品及び役務の区分 第一六類 雑誌、新聞

(四) 商標権者 原 告

(五) 出願日 平成一一年一月二二日

(六) 登録日 平成一一年一〇月一日

被告は、右指定商品である雑誌(短歌雑誌)に右商標と同一の表示を使用している。

よって、原告は、被告に対し、右商標権に基づき、被告の発行する短歌雑誌の題号として、「新青虹」の表示を使用することの禁止を求める。

3  当審における追加請求の原因に対する反論(被告)

(一) 当審で追加された原告の請求は、本件商標権とは異なる別個の商標権に基づいており、本件と訴訟物を異にしている上、請求の基礎も同一でないから、却下されるべきである。

(二) 仮に、右の追加的変更が許されるとしても、次の理由から、原告の請求は理由がない。

(1) 本件和解条項(二)は、被告に対し、その発行する短歌誌の題号として「新青虹」を使用する権限を付与ないし確認するものに他ならない。被告が本件短歌誌の題号に「新青虹」を使用しているのは、右和解条項に基づくものである。

(2) 原告は、右のとおり、平成一〇年三月二四日に成立した本件和解において、被告が平成一一年一月一日以降被告の本件短歌誌の題号を「新青虹」とすることを認めたにもかかわらず、被告が右和解に基づき「新青虹」を使用するや、平成一一年一月二二日、これと同じ「新青虹」を商標登録出願した。右出願は、被告の権利を不当に侵害する意図でなされたことが明白であり、右出願行為や新商標権取得行為は信義則に違反し、右新商標権に基づき、被告に「新青虹」の使用の差止を求める行為は、権利濫用に当たり、許されない。

4  当審において付加された被告の主張

本件和解条項(三)は、いわゆる紳士条項ないし努力条項にすぎず、裁判上、被告に対し、強制力をもって一定の給付を義務付ける効力を有しない。

四  争 点

1  本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否

2  本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否

3  新商標権に基づく使用差止請求の可否(当審追加分)

第三当裁判所の判断

一  本件和解条項(二)違反の有無と使用差止請求の可否(争点1)について

1  本件和解条項(二)は、被告が平成一一年一月一日以降発行する短歌誌において、その題号を「新青虹」とし、その以前に発行していた短歌誌の題号である「青虹」を使用しないことを定め、併せて「新青虹」についても、その字体及び書体について本件登録商標と類似しないものを使用するとして、その使用方法に一定の限定を加えている。

2  原告は、被告が、本件短歌誌の題号として「新青虹」を使用するにあたり、表紙全体の表示において、被告がそれまでに発行してきた短歌誌「青虹」との連続性、同一性を示していることを考慮すると、本件題号は本件登録商標と類似すると主張する。

検討するに、前記第二の二の基礎となる事実1ないし3及び甲一〇によると、原告と被告との間には、両者が発行する別個の短歌誌「青虹」について、Cが発行していた「青虹」の正統争いともいうべき争いが存したが、原告が本件商標権に基づき、被告に対し、「青虹」の使用差止を請求したところ(前訴)、第一審において、原告の請求を認める判決が言い渡され、被告が控訴したが、平成一〇年三月二四日、控訴審において、原告が本件商標権を有することを確認し、被告は「新青虹」を称する旨の本件和解が成立したことが認められる。

原告としては、右に述べた紛争の経緯から、被告の発行する短歌誌が「新青虹」となってからも、右短歌誌が、以前の「青虹」との連続性を表示することは、原告の発行する短歌誌「青虹」との類似、混同を生じるおそれがあると主張するものと解される。

しかし、被告としては、前訴の第一審において、原告が本件商標権を取得していること自体を争うことができず、被告の先使用権の主張も排斥されたため、やむを得ず前訴の控訴審において「新青虹」の題号を使用することを承諾したことが認められ、本件編集後記の記載からも、その意図が推認される(甲二の3)。仮に、本件和解において、原告の主張するように、被告が、旧「青虹」と「新青虹」との連続性、同一性を示すことまで差止の対象とするのであれば、当然、その旨の定めがなされたはずと考えられ、これらの定めがない以上、そのような合意までがなされたとは認められない。

したがって、本件和解における当事者の意思解釈は、本件和解条項(二)の記載自体から判断すべきところ、右条項は、被告に対し、「新青虹」の題号を使用するについて、字体、書体といった外観が本件登録商標と類似するものを使用しないよう義務づけたに止まり、本件登録商標と「新青虹」の題号の類否判断について、両者の外観の比較を超えて、それ以外の事情を考慮することは予定していないと解される。

3  そこで、本件登録商標と本件題号の外観を比較すると、本件登録商標は、横書きでその書体は「青」の七画八画が崩された行書体といえるものである。これに対し、本件題号は縦書きで、その書体は角張った太い線が用いられ、白い線で縁取りがなされ「青」の「月」の部分が旧字体に近いものである。

これに基づいて判断すると、字の配置自体は字体ないし書体の問題ではないにしても、縦横の差異が存するうえ、両者は、書体、縁取りの有無、「青」の「月」の部分において全く異なった外観を有しており、類似するものと判断することはできない。

4  以上によれば、被告の行為をもって、本件和解条項(二)に違反すると認めることはできない。

二  本件和解条項(三)違反の有無と使用差止請求の可否(争点2)について

1  本件和解条項(三)は、「青虹社」の名称の使用を認めた上で、その使用の際に原告の「青虹社」と誤認混同しないように努力する義務を定めたものである。

2  被告は、右条項が紳士条項であるとして、裁判上、被告に対し、強制力をもって一定の給付を義務付ける効力を有しないと主張する。

たしかに、右条項には、「努力する」というあいまいな表現が用いられてはいるが、被告が誤認混同を避ける努力をしなかった結果、現実に誤認混同が生ずるに至った場合には、右努力義務に違反したものとして、「青虹社」の名称の使用差止を求める私法上の効力が生じる余地がある。

3  そこで、右努力義務の内容について検討するに、原告は、被告が、本件短歌誌(平成一一年一月号ないし五月号)の発行所として「青虹社」を使用し、原告の使用しているのと同様のゴシック体を用い、形状もほぼ同一であることや、被告が、短歌研究(平成一〇年一二月号)に掲載した「新青虹」の広告にも、発行所を「青虹社」とし、その肩書に「C創刊」と記載していることや、本件編集後記の内容をみると、被告が、本件和解が成立した後平成一一年五月号までの間に、現在使用する短歌誌の発行所「青虹社」との名称について、原告の名称と誤認混同しないように努力しなかったものというべきであり、右不作為は、本件和解条項(三)に違反すると主張する。

しかし、本件和解条項(三)が原則として被告に「青虹社」の名称の使用を認めており、そのこと自体から一定の誤認混同を招くことは前提となっていること、それにもかかわらず、具体的な誤認回避についての義務が定められていないこと、努力という文言自体が当事者の主観に左右される曖昧な意味内容を有することに鑑みれば、少なくとも、本件和解当時の表示方法を継続していて、誤認混同のおそれが増大しない限りは、右義務違反とならないと解すべきである。

4  本件和解成立前の被告による「青虹社」の使用状況についてみると、甲一三の2によると、平成九年六月一日に発行された旧「青虹」の奥書では、「C創刊青虹 毎月一回一日発行(通巻七十一)第六号」と記載したうえで、編集・発行人を「B」、発行所の住所を「京都市<以下略>」と記載した上、発行所として「青虹社」と記載されていることが認められる。

一方、原告が本件和解条項(三)に違反すると指摘する被告の使用状況は、原判決別紙目録(二)のとおりであって(甲三の2)、題号が「新青虹」、編集人が「E」となり、印刷所が替わったほかは特段の変更はなく、前記甲一三の2に比べ、原告の名称との誤認混同がより生じやすくなったとは認められない。

5  以上によれば、本件和解条項(三)違反の事実も認めることができない。

三  新商標権に基づく使用差止請求の可否(争点3)について

1  訴の追加的変更の許否について(請求の基礎の同一性の有無)

被告は、本訴と新商標権に基づく請求とは、請求の基礎の同一性を欠き、訴の追加的変更をすることができないと主張する。

しかし、本訴は、原告が、被告に対し、平成一一年一月号から五月号までの「新青虹」の題号の使用が訴訟上の和解内容に反するとして、その使用の差止を求めたものであるが、追加された請求の趣旨は、本訴の趣旨の一部と全く同じ内容であり、少なくとも、被告の行為の内容に関する訴訟資料や証拠資料を利用することが可能であり、請求の基礎は同一であると考える。

2  次に、追加請求の理由の有無を検討するに、原告は、平成一一年一月二二日、指定商品を第一六類「雑誌、新聞」として、「新青虹」を商標登録出願し、平成一一年一〇月一日登録されたことが認められる(甲一一の1、2)。

しかし、前記一のとおり、原告は、平成一〇年三月二四日に成立した訴訟上の和解により、被告が発行する短歌誌の題号として「新青虹」を使用することを認めている。

そうすると、原告が、本件和解の後に「新青虹」について商標権を取得したからといって、これを理由に、被告に対し「新青虹」の使用の差止を求めることは、右和解内容に矛盾する行為というべきであり、信義則上許されないと考える。

3  以上によれば、新商標権に基づく本件題号の使用差止請求も理由がない。

四  結 論

以上によると、原告の請求は、当審において追加された請求を含め、いずれも理由がなく、原告の請求を棄却した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却し、当審において追加された請求についても、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法六七条、六一条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鳥越健治 裁判官 山田陽三)

裁判官 小原卓雄は、転補につき、署名押印することができない。

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